東京地方裁判所 平成7年(ワ)16004号 判決 1998年1月19日
主文
一 被告は、原告に対し、金五一〇万二二〇〇米ドル及びこれに対する平成七年三月三一日から支払済みまで年八・一七六パーセントの割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
理由
一 請求原因について
1 前記争いのない事実と<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、右認定に反する乙一一ないし一三号証、二三号証及び被告本人尋問の結果は、前掲各証拠に照らし、たやすく信用できないし、他に右認定を左右する証拠はない。
(一) 被告は、平成六年三月頃、一任勘定の受託免許を持った投資顧問会社として定評のあるTACの株式を取得してその筆頭株主となり、TACの代表取締役であった三谷恭正(以下「三谷」という。)に対し、FNBのCDを投資の対象として取り扱うことを提案した。三谷は、親しい関係にあった準大手の証券会社にFNBのCDの取扱いを依頼したが、FNBの実態が不明であることを理由に右依頼を拒絶された。
その後、被告は、従前からの知り合いであった竹中英仁(以下「竹中」という。)が原告会社東京支店の外国証券営業部にいた関係で原告に対しFNBのCDの取扱いを依頼した。
竹中は、原告会社において証券の受渡しと資金の決済を担当する部署である業務受渡部の部長金子及び同部課長山田智(以下「山田」という。)に対し、被告がFNBの東京における代表者である旨紹介し、その際、被告は、金子らに対し、別紙のとおり記載された名前を交付した。
原告は、FNBのCDを取り扱うこととしたが、その際、TACを信頼し、被告から情報を得ただけでFNBについてそれ以上の調査をしなかった。
(二) 原告は、平成六年六月一七日、TACの注文でFNBのCDを初めて購入し、その後、本件CDの購入まで二二回にわたりTACの注文でFNBのCDを購入した。
右二二回の取引のうち、四回については、約定の償還期日に二、三日の遅れが生じたことがあったが、全て決済されていた。
右取引においては、FNB側の担当者としては被告一人しか登場せず、被告以外の人間が関与した形跡はない。
(三) 原告は、平成六年一二月二七日、クレディスイスの依頼を受けたTACの注文で本件CDを元本五〇〇万米ドル、利率年八・一七六パーセント、発行日平成六年一二月三〇日、償還期日平成七年三月三〇日、償還金五一〇万二二〇〇米ドルの約定でFNBから自己名義で購入した。竹中は、それまでの取引と同様に、元本額、利率、発行日、償還期日等のCDの発行条件については被告のみと交渉して決定した。被告は、FNBから原告に宛てられた平成六年一二月二七日付けの本件CD取引の内容を確認した書面に個人名を署名して竹中に交付した。
(四) 請求原因4記載の事実
(五) 原告は、FNBに対し、本件CDの購入代金五〇〇万米ドルを香港にある香港上海銀行のFNB名義の口座に振り込み、山田は、平成六年一二月三〇日付け本件CDをこれまでの取引と同様に直接被告から受領した。
(六) 被告は、平成七年二月一日、如水会館において、講師として講演したが、その際の肩書きは「ファーストノーザン銀行東京代表」であり、講演の中で、FNBはイギリスを本拠地にするプライベートバンクであること、自分は、KBJの担当ということで、FNBの無限責任社員という肩書きをもらって現在に至っていること、無限責任社員はFNBの債務について個人として無限責任を負うこと、現在FNBの無限責任社員は世界で七名いるが、日本人は自分一人であることを紹介した。
講義録の講師紹介欄には、「八九年FNBの無限責任社員となる。現在KBJインターナショナルリミテッド東京支店、ファースト・ノーザン・ファイナンス(株)の代表取締役を兼務」と記載されている。
(七) 山田は、平成七年二月二七日、原告の親会社の経営が破綻したことから、同年三月中旬、被告に対し、本件CDの償還がなされるかを確認したところ、支払われるとのことであった。
そこで、原告は、時差の関係でFNBからSCBへの償還金の振込を確認できなかったが、同年三月三〇日の償還期日に、顧客であるクレディスイスの便宜を図り、クレディスイスと合意していた為替先物予約レートに基づき五一〇万二二〇〇米ドルを円貨に換算した五億〇六四九万五三九四円をクレディスイスに支払った。
ところが、結局、同日FNBから償還金は支払われなかった。
(八) 被告は、同月三一日以降、金子、山田、竹中からの請求に対し、「手違いで支払が遅れているが、四月三日までに支払うように手続する」と言明した。
ところが、四月三日になっても支払がなかったので、山田は、被告に対し、支払を確約する旨の念書を要求した。被告は、四月一三日以前に償還金を支払う旨確約した平成七年四月四日付けのマネージング・ディレクター・アンド・パートナーの肩書のあるアーサー・ハンナ名義の念書を交付したが、金子は、アーサー・ハンナとはこれまで接触したことがなく、どのような人物かわからなかったので、被告名義の念書を要求した。その後、被告は、右アーサー・ハンナ名義の念書を和訳し、ファーストノーザン銀行東京駐在古倉義彦と記名した平成七年四月一〇日付け念書を金子に交付したが、被告の署名がなかったことから、さらに、金子は、右念書に被告の署名を求めた。
TACの三谷、金子、山田、被告は、平成七年四月一四日、本件CDについて話合いを行い、その席で被告は、前記ファーストノーザン銀行東京駐在代表古倉義彦名義の念書に署名し、これを金子に交付した。
(九) ところで、FNBは、平成三年一月三一日、グレナダにおいて設立登記がされた。株式引受人は、マリリン・ジョセフとバーナデット・アクァートであるが、この二名は、FNBの設立事務を行ったグレナダの弁護士であるアンセルム・クラウデンの事務所の事務員である。同日、被告は、アンセルム・クラウデンの兄弟であるキース・クラウデンにより取締役会の委員に任命され、取締役会の全権限を委譲された。同年三月一日、前記二名による臨時株主総会において、定款が変更されて取締役の最低人数が一名となり、キース・クラウデンが取締役に選任された。同日、キース・クラウデン一名による取締役会において、被告は、FNBの「president」に選任された。FNBは、平成四年二月一一日、グレナダの平成三年会社法が登記されるために必要と定めた要件を充たさなかったために職権で登記を抹消され、法人格を失った。
2 右事実によれば、FNBは、平成四年二月一一日、会計登記を抹消され、会社として実在していなかったこと、しかるに、被告は、FNB東京駐在代表の肩書で原告との間で本件CD取引を行ったことが明らかである。
被告は、本件CD取引の前後を通じてFNBの代表者又は代理人と自称したことはないし、本件CD取引に当たってはFNBの使者ないし連絡係として行動したにすぎないと弁解するが、<証拠略>及び本件CD取引を含め、FNB発行のCDを目的とする原・被告間のそれまでの二〇回を超える売買取引において、FNB側の人間としては被告のみが登場し、それ以外の人間が関与した形跡がないことに照らし、到底信用できない。
二 抗弁1について
本件CD取引に当たり、原告がFNBの実態を調査しなかったこと及び売買契約書が作成されなかったことは、当事者間に争いがない。
しかしながら、本件CD取引は、前記一1(四)のような経緯で行われ、さらに、前記一1(二)のとおり、これに先立ち、本件と同様のFNB発行のCD取引が二二回も行われ、このうち四回については、二、三日の遅れが生じたものの、全て決済された実績があったこと、本件CD取引の内容は、本件CDに係る証書及び取引報告書の各記載から明らかであることにかんがみれば、右各事実から原告に過失があったとはいえない。
他に本件CD取引に当たり、原告に民法一一七条二項の過失があったことを基礎付ける事実はない。
三 抗弁2について
原告が日本ケミコンに対して本件CD取引の償還金の返還訴訟を提起していることは、当事者間に争いがない。
被告は、乙二号証中の三文の記載を根拠に、原・被告間に抗弁2(一)の合意が成立したと主張するが、同号証が作成された経緯は前記一1(八)のとおりである上、同号証は、一文において、償還金を平成七年四月一三日又はそれ以前に支払うことを確認し、三文においては、「SCBとの間の為替先物予約取引に関する為替差損や遅延利息金」については、原告が本件償還金を他のいかなる主体にも請求しないこと(中略)を条件に支払う用意のあることを確認しているのであって、同号証が被告の主張の根拠となり得ないことは、その文言に照らし明らかである。
他に被告の主張を肯認するに足りる証拠はない。
四 以上によれば、被告は、原告に対し、民法一一七条の類推適用により、償還金支払義務の履行又はこれに代わる損害賠償責任を免れない。
ところで、本件口頭弁論終結時である平成九年一一月一七日現在における外国為替相場は一米ドル一二五・一七円であることは、当裁判所に顕著であり、これで五一〇万二二〇〇米ドルを円貨に換算すると、六億三八六四万二三七四円となる。
そうだとすると、主位的請求中、履行を求める請求の方が原告に有利であることが明らかであるから、これを認容することとする。
五 結論
よって、原告の主位的請求一は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高柳輝雄 裁判官 足立 哲 裁判官 中田朋子)